
在学中、版画の面白さや奥深さを知り、美術科洋画コースから版画コースへ転コースした浅沼珠央(あさぬま?たまお)さん。現在は、仙台市立五城中学校の美術教諭として日々、生徒一人一人の個性と主体性を重視した指導を行っています。もともとは「教員免許を持っておくだけ」くらいの軽い気持ちで教職に取り組んでいたという浅沼さんが、どういった経緯で現在の道へ進むことになったのか、当時の思い出とあわせてお聞きしました。
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考える余地を与えて表現方法を引き出す
――はじめに浅沼さんのお仕事内容について教えてください
浅沼:普段は美術の授業と学級経営、あと事務仕事などに取り組んでいます。美術の授業に関しては全学年?全クラス担当しているので、もう毎日ですね。
今1年生が取り組んでいるのは、本物そっくりの食べ物を紙粘土でつくるというもの。一人1台ICT機器が渡されているので、「お家に持って帰って、日常の家族とのごはんでもいいし、どこかに遊びに行って友達と食べたものでもいいから撮っておいで」と言って、その日常の一瞬を切り取った写真を見ながら食べ物をつくる、みたいなことをやってもらっています。みんなの前では共通で守らなきゃいけないルールとか、評価はどこでつけるよっていうのだけ伝えて、それ以外はずっと教室の中をぐるぐる回りながら、何がしたいのか一人一人に聞いて一緒にやるという感じで進めてますね。

例えば、食パンをつくっている生徒がいたら、「この食パン、今の状態だとめっちゃツルツルだけど食パンってどんな質感だったっけ?もっと食パンっぽくするにはどうすればいいかな」「あれもあるんじゃない?これもあるんじゃない?」と話しながら、実際に身の回りにあるものを押し当てて質感を変えてみたりして、どれが一番自分的にしっくりくるか全部を言わずにその生徒なりの答えに導いてあげるっていう。
やっぱり自分で考える余地がある方が生徒もこちらも楽しいですし。そうやって「表現する方法ってたくさんあるんだよ」っていうのをいつもみんなに伝えています。ちなみに2年生はいろんな層でできた板を棒やすりで削って縞模様を出す堆朱(ついしゅ)という工芸作品、3年生は今の自分自身を映す自画像制作に取り組んでいるところです。
――クラスの担任としてはどのような指導をされていますか?
浅沼:あんまり縛りたくないっていうのがあって、もちろん大事なことは強く厳しく言うこともありますけど、基本的には生徒の主体性に任せたいなって思っています。1年目の頃は結構隙を与えずガーガー言っちゃってたんですけど、あえて黙って「行ってこーい」ってしたら、わりと自分たちで考えて面白いことするんですよね。それが普段の生活の中でも見えるので、ちょっと手を出したいなって思っても我慢して、心配になりながらも「行ってこい」って言う、みたいな(笑)。そしたら最近クラスのみんなが楽しそうになってきました。

あと、授業をしていても「生徒ってこんなに考えられるんだ」とか「こんなに面白い発想があるんだ」っていうのをすごく近くで見られることにやりがいを感じています。いつもはそんなに喋らなかったりちょっとやんちゃする子だったりしても、黙々とやって見せたり驚くことして見せてくれたり。それが自分の刺激にもなって、みんなキラキラしてていいなって。そんな生徒たちの姿とか作品を見ていると私もつくりたくなるのがまた楽しいです。それから、美術って勉強が苦手な子の逃げ場みたいになれてるところもあって、私もすごくよく分かるんですよね。
――指導していて難しさを感じる時はありますか?
浅沼:授業って何回やっても「ここ反省点だったな」みたいなのがずっとあって、それを改善していかないといけないのがやりがいでもあるし、苦しいところでもあります。あとはあんまり体が強くないので、なかなか睡眠時間が取れないのも大変で…。でも周りの先生方がとても話しやすくて、しかもしっかり支えてくれるので、そういう仲間たちがいると思うとすごく安心感があります。「あの先生たちが頑張ってるんだから、私も頑張るか!」みたいな。

――そもそも教職課程を取ろうと思ったきっかけは?
浅沼:最初は「卒業のために免許があればいいや」くらいの感じで教職を受けていて。勉強も嫌いだったし、なんなら美術の成績も別に良くなかったし。でも芸工大の版画コースの先生たちがすごく良くて、「先生ってこんなに柔らかくて優しくて、こんなにこちらの引き出しを開けてくれるんだ」って思って……。なんか思い出しただけで涙出てきそうです(笑)あと教職の先生たちも親身になってくれて、一度教採に落ちた時も見放さずに支えてくださったからこそ頑張れたというか。その教職課程では、美術が世の中でどれだけ大事なのかを学びました。美術もデザインも幅広く自分たちの生活に根ざしていることを何度も言われてきて、実際その通りだなって。なのでそういったことや、美術はコミュニケーションツールであるということを、私も先生として生徒に伝えていきたいなと思っています。
一つとして同じものがないという魅力
――芸工大に入学しようと思った理由を教えてください
浅沼:美術にはもともと興味があったんですが、高校では専攻してなくて、美術部には入っていたものの真面目に美術をやっていたわけでもなく。そしたら美術部の顧問の先生が「どうせならオープンキャンパスに行ってみるか」と芸工大に連れて行ってくれたんです。そこで自分の作品を油絵の先生に見せたら、「おぉ!」って言ってくださってアドバイスもいただいて。その時「自分の作品をこんなに真面目に見てくれる人がいるんだ」って思いました。あとは大学がめちゃくちゃ綺麗だったのと、先輩方の作品を見て「こんなふうに作品を描けたらとっても楽しいだろうな」って。だから最初は「認めてもらえた!」みたいなところから始まって、そこから真面目に美術をやってみることにしたという経緯があります。

芸工大に入って2年生の途中までは洋画コースにいたんですけど、美術科の交流授業で版画に取り組んだ際に、「全然私の知ってる版画じゃない!楽しい!!」ってなってしまって、半ば無理やり版画コースに移りました(笑)木版画一つとってもすごく幅広いし、銅版画というものの存在も知って、それまでの版画に対する自分の知識の幅の狭さを感じました。
――浅沼さんが考える版画の魅力とは?
浅沼:複製できるのに一つとして同じにはならないところ。それから、自分の手の作業と偶然の作業が一つの場面の中に共存すること。それがすごく社会っぽく感じられて、自分の意図と他人の意図が綺麗に共存できてるみたいでとっても素敵だなって。あとは制御できないのもまたいいというか、その日の腐食液の調子によって線の太さが変わったり、思わぬところに傷がついていて、刷ったらその傷が出てきて、作品を見た人が「ここいいよね」って自分でも気付かなかったところに気付いてくれたり。そういう、好きにできない不自由さの中にある自由さがいいなって思います。

――学生時代はどういったものを作品のテーマにしていましたか?
浅沼:私は銅版画をしていたんですけど、虫とか鳥とか自然とか、「落ち着くなー」っていう絵を考えて描いていました。描く環境としても芸工大はすごく良くて、冬の冷たさも気持ちがいいっていうか清々しくて、夜、制作が終わってみんなと別れてから雪がしんしんと降る中を帰っていると、まるで一人になる時間をもらえているような感じがして好きでしたね。あとは虫も描いていたのでその辺で虫を捕まえたりしていました。虫はもともと全然好きじゃなかったのに、作品をつくる中で綺麗だなと思うようになって。パッと見気持ち悪いんだけど実は深い!みたいな。

――任你博で思い出に残っていることがあれば教えてください
浅沼:とにかく人との出会いがとっても大きかったなって思います。先生たちも友達もそれぞれが専門家で、みんながみんな全然違うのがすごく面白いなって。でもその人たちも私のことを「面白い」って言ってくれたことが自分的にはすごく大事な思い出になったというか、大きなお土産を持たせてもらった気がして……、また泣きそうです(笑)。
あとはやっぱり卒業制作ですね。朝から晩まで好きに描いて、雪の中、友達とひーひー言いながら帰って、コンビニで肉まんなんか買っちゃったりして。そういうのが本当に楽しくて。で、次の日アトリエに行くとまたみんな黙々と描いてるから、自分も黙々と描いているといつの間にか閉館時間になってる、みたいな。あの時のエネルギーは今までの人生で最強でしたね。好きなことに全力で没頭できる、すごく貴重な数ヶ月でした。
――最後に受験生へメッセージをお願いします
浅沼:私にとって、「自分の力ってこういうところで活きるんだ、活かせるんだ」と自信を持つことができて、かつ自分の存在意義を確認できたのが芸工大でした。
だから入学したいって思っている人は、自分を大きくするためにも今できることをぜひ頑張ってほしいですね。あと、結構落書きみたいなものでも先生たちはしっかり見てくれるので、オープンキャンパスなどに持っていけるよう大事に残しておくといいと思います。

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美術に特化した学びを高校でしてきたわけではない浅沼さん。「大学に入ったばかりの頃は、みんなが当たり前にできるようなことが私には全然できなくて。でも“分からない”って伝えると、周りの友達とか先生がいろいろ教えてくれるんですよね。それがすごく新鮮でした。もちろん分からないことを気にはしていたけど、それよりもカリキュラムの楽しさとか、あとみんなの作品を見ているだけでも楽しくて、あまり落ち込むことはなかったです」。そんなふうに初心者として美術と向き合う気持ちを理解できる浅沼さんだからこそ、生徒一人一人の声に耳を傾け、寄り添いながら創造性を引き出していくことができているのかもしれません。
(撮影:渡辺然、取材:渡辺志織、入試課?須貝)

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