【X線CT撮影装置導入対談】文化財修復や技術開発に欠かせない「科学的な目」が芸術系大学にもたらすもの/伊藤幸司教授×笹岡直美准教授
今春、本学の文化財保存修復研究センターに導入した「大型資料X線撮影システム」。芸術系大学でのX線CT撮影装置導入は国内でも初めてで、調査手法や研究精度の向上はもちろん、学生教育においても有効なものになることが期待されています。そこで、普段からこの撮影装置を使用して修復や研究に取り組んでいる同センターの伊藤幸司教授と笹岡直美准教授にインタビュー。最近の成果や今後の活用方法についてお話を伺いました。
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歴史的背景も踏まえた上で、必要な情報を確実に引き出していく
――はじめに文化財保存修復研究センターの活動内容について教えてください
笹岡:文化財の調査や保存、修復活動など幅広く行っています。大学に付随する研究機関としてはおそらく日本で唯一だと思います。埋蔵文化財をはじめ、伝世品と呼ばれる土に埋まっていないもの=仏像や東洋絵画、西洋絵画などの保存修復にも取り組んでいるので、文化財の総合病院的な役割が大きいのかなと。
伊藤:研究所が大学に併設していて、そこで受託事業に取り組んだり、学校教育と連携を図りながらやっているというのは日本でここだけでしょうね。基本的には外部からの相談を受託し、地元を中心に日本全国、場合によっては海外も含めて文化財の保存修復、技術の移転、それに関わる技術開発を行っているという状況です。
――国内外から依頼が来るということは、ここでなければできないことがあるということでしょうか?
笹岡:例えば現在進めている、善寳寺(ぜんぽうじ)〈山形県鶴岡市〉の五百羅漢像を20年かけて修復する長期プロジェクトは受託事業としてかなり異例だと思います。500体という規模の大きさもありますが、善寳寺さんからのご要望として「歴史的な背景も含めて明らかにする修復をお願いしたい」とお話があり、センターは調査修復だけではなく研究に力を入れているところが強みになっているのかなと。
――そんな中、今回新たにX線CT撮影装置を導入された経緯を教えてください
伊藤:修復するにあたっては、歴史的なことや技術的なことを踏まえた上でやらないといけないんですが、そこに求められているのは“科学的な目”なんですね。いわゆる、調査。ここは設立当初からそういうところに非常に特化した修復センターだったわけですが、来年で設立25年となり、設立から四半世紀も経てば機械類はどんどん古くなっていきますし、もっと新しくて精度が良くて価格も抑えられているようなものも出てくる。すでに私が着任した2022年4月の時点でX線の撮影装置は本来の能力が出せていなくて、フィルム撮影しかできない上にフィルムの自動現像機も壊れたままなんとか使っているという状況でした。そこでCT導入について相談を持ち掛けたところ、他の先生方や学校側もそれを推進してくれて、2023年度末に無事納入することができました。
――この装置を導入したことで、新たにできるようになったことはありますか?
伊藤:X線透過画像の場合、これまでは立体のものを2Dで写していたんですが、CTだと画像を再構成して立体物をつくることができます。また表示方法にもいろいろあって、見たいところを拡大したり、回転させたり、カットして断面や内刳(うちぐ)りを見たりすることも可能です。あと2Dは深さ方向の情報が分離できないので、画像に写っていてもそれがどこにあるかよく分からなかったんですね。でもCTだとカット面を変えていくことでそれが分かるので、いろんな調査が可能になりました。これは絵画などの平面的なものにも有効で、西洋絵画修復専攻の学生が卒業研究のために板絵をCTで撮って調査しています。
X線CT撮影による「善寳寺五百羅漢像」の構造調査
――例えば絵画の下に違う絵が描かれていた、というようなことも分かったりするのでしょうか?
伊藤:まさにそれと似たようなことがあって、先日、国指定史跡である岩上山普門院(山形県米沢市)本尊の木造大日如来坐像を調査した時、この仏像の頭部や胴体からいろんな納入品が見つかったんですね。お腹の中に厨子(ずし)※に入った金属製の小さい仏像があることは二次元の画像を撮った時点ですでに分かっていたんですが、それを調査するためにCTで撮影したらさらにもう1体木製の仏像が入っていることが分かって、これを撮っていた私自身が一番びっくりしました(笑)。さらに、模様が描かれている吊り金具のついた幡(ばん)のような細長いものも写し出されて、その模様が写ったということは墨とか植物系の顔料ではなく、X線を吸収する鉱物系とか金属質のもので刺繍されているか描かれているということが推測できます。この大日如来坐像に関しては解体を行わないため、その映像からの情報がすべてなんです。
一方で、仏像は信仰の対象でもあるので、なんでも解き明かせばいいってものでもなくて。
※厨子(ずし):仏像や経典を安置するための小型の仏具
笹岡:以前扱った案件で、仏像の体内にお経と舎利(しゃり)※が入っていたことがあって、その時所蔵者さまへ「舎利がなにでできているかも調査しませんか?」と提案したところ、「それはやめてください」と。要は、舎利ってお釈迦様の骨とされているので、例えば舎利が宝石とか水晶だったとしても、信仰上差し障りがあると。そういう意味でどこまで解き明かすかっていうのはありますよね。
※舎利(しゃり):仏教における仏や聖者の遺骨。特にお釈迦様(釈迦)の遺骨を指す
伊藤:私たちの仕事はあくまでも文化財の調査と修復であって、“必要な情報を引き出す”というところまでですからね。
――ちなみに先ほどお話いただいた五百羅漢像の修復プロジェクトでも、やはりCTの存在は大きいですか?
笹岡:かなり大きいですね。実はCTが入ったことで分かったことがあって、2015年にこのプロジェクトがスタートしてから、修復した羅漢像についてはすべてX線透過撮影を行ってきました。その透過画像を見るとほとんどの羅漢像の頭部にだけいくつか点が打たれていて、点は何か鋭利なもので穿ったような小さな穴なんですね。これは「錐点」と呼ばれる仏像をつくる中で使う技法の一つではあるんですが、善寳寺五百羅漢像のような群像で共通してみられるというのは今まで確認されてこなかったんです。点は頭部正面の正中線上と、側面では両耳の周辺に確認できるのですが、ただ2D画像となると、正面はともかく側面から撮った時に左右のどの位置に点が打たれているのかがよく分からなくて。それがこのCTで撮ったことで位置関係が明確になって、それはもうショックというか(笑)、嬉しかったですね。頭部のCT画像を上からスライスしながら順番に見ていって、正面と側面の点が同じ高さにあることが初めて証明されたんです。
伊藤:頭部に点を打つのは規格性を持たせるためで、つまり位置決めした上で彫刻していってるわけです。
笹岡:この五百羅漢像はおそらく7~8年で彫り上げられていて、そうすると絶対一人ではなく複数の人間が関わっているんですね。江戸時代の仏像っていうのは分業、複数人数で作業するのが一般的で、五百羅漢像のような大量の仏像を分業しながら、それでも其々の寸法はだいたい一定で統一感を持って仕上げる、といったことを実現するには、使用している木材の寸法設計と一緒に、制作工程で技法の規格化がなければできないのではないかと。そう考えるとやはり目?耳?口の位置をばらけないようにするために錐点技法を使ったと推測されるわけです。
伊藤:このCTは五百羅漢を調査することを念頭に置いて設計したんです。もともとボックス型の既製品を導入する予定だったのが、それだと五百羅漢像がギリギリ撮れるかどうかという大きさで。
笹岡:しかもセンター内にはもともとX線を撮るための部屋があるのに、それとはまた別に設置しないといけませんでしたからね。
伊藤:そのX線漏洩防止のケースだけで多分、価格の3分の1くらいするんですよ。それを考えるとやっぱりもともとここにある撮影室を使って、その分、中の装置に費用をかけた方がいいだろうということで、それが可能な業者さんを探して見つけたという流れですね。ちょっとゾッとするのは、もし最初に予定していたボックス型の機械を導入していたら大日如来坐像はサイズ的に撮影できなかったという…(笑)。
笹岡:立体の文化財を安全に撮るという面でも今回のタイプの装置はとても理想的でしたよね。
伊藤:開放型なので大きなものでもある程度対応できますしね。大日如来坐像のように調査だけを依頼されるケースというのが今後出てくると思いますが、山形市内で医療用以外だったらこのCTが一番大きいのではないかと。あとはこの装置と合わせて導入したソフトウェアが非常に優れていて、「ここにデータを持ってくれば今までできなかったいろんな調査ができる」と期待している業界の人もすでに何人かいます。
――装置だけでなく、そこに付随するソフトウェアにも大きな意味があるんですね
伊藤:実は今回、そこに一番メリットがあったんです。装置を導入するにあたりいろんなところから情報収集した際、このソフトウェアが優秀だという声が聞こえてきて、じゃあそのメーカーに装置をつくってもらったらどうだろう、ということになって。実際ハードウェアも問題ないですし、ソフトウェアも非常に優れていて、ちょうど昨日そのメーカーさんがここに来たので、数ヶ月使ってみて感じた「こういう機能があるといいな」とか「ここはちょっとまどろっこしいかな」というのを伝えたところ、その場でプログラムを書いてその日のうちに入れていってくれてとても驚きました。そうやって文化財にとって一番いいこと、負担をかけないことを双方で話し合い、その場でプログラムを替えながら柔軟に対応してもらえるというのはこちらとしてはとてもありがたいと思っています。
パソコン画面に表示されるX線CT画像
新しい技術や自由な発想を生む大きなきっかけに
――文化財の修復?調査以外にもこの装置を活用する機会はありますか?
伊藤:私はもともと埋蔵文化財の保存処理を30数年やってきて、その中で、木材を保存処理するのにトレハロースを浸み込ませて結晶化させて固めるということを開発しました。CTで調べると木材の中でどんなふうにトレハロースが固まって分布しているかが分かるんですが、もっと言えば、トレハロースの水溶液に浸けておいた木材を取り出して、温度が下がり結晶化が始まるその過程も調べられるようになったわけです。今まではテストピースを九州歴史資料館に送ってCT撮影してもらっていたので向こうに届くまでの間に全部固まってしまって、過程の部分の情報は得られなかったんですね。でもそれを自分のところで調べられるようになったので、技術開発の部分でもとても有効だなと。
もちろん勘とか経験というのも大事なんですけど、そうやって客観的にものが見られる“科学的な目”というのはやっぱり必要だなと感じます。
笹岡:仏像修復の処置をする時は、私も結構自分の勘に頼るところがあって。例えば虫が食っちゃった穴を樹脂で埋める時、「果たしてどこまで入ってるんだろう?」って思いながら作業したりするんですね。そういうのも撮影したらちゃんと奥まで入ってるか分かりますかね?
伊藤:分かりますし、リアルタイムでX線画像が写るので、例えば今も虫が食ってるようなものを撮れば虫が動いている様子まで写りますよ。
そうやって修復前?修復処理中?修復処理後の状態を調査して、ちゃんとデータを残していく。それが次の修復につながっていくんですよね。
――「次につなげる」ことが重要なんですね
伊藤:そうです。私がよく言うのは、「文化財の修復というのは永遠の命を吹き込んでいるんじゃない」ということ。たとえ右肩下がりであってもできるだけ長く保てるよう、次は何をどのタイミングでやるかとか、その処置をした方がいいのかしない方がいいのか、といった判断に必要となるカルテや情報を次の世代に残していくことが大事なんです。
笹岡:例えば羅漢像に関して言うと、50年後とか100年後とかにまた修復のスパンがやってきます。その時に「任你博の時はこうやってたんだ」という記録がきちんと残っていると、「じゃあ次壊れたらこういう修復をしよう」っていう設計が立てられるんです。実際、過去の修復を見るとどうしてそういう処置をしたのか分からない時があったりして、修復報告書があったらいいのになってよく思います(笑)。だから文化財修復って記録がすごく大事で。
伊藤:でもつくった人にしたらある意味、いい迷惑だよね、ここまでいろんなことを調べられちゃうんだから(笑)。そして次に修復する頃にはもっとすごい技術が出てきてて、今度は僕らが「なんであの時こんな修復したんだろう?」って言われる可能性がある(笑)。
笹岡:それは覚悟しながらやってますよね(笑)。でもかつての修復の記録なんかを見て思うんですけど、その時代で精一杯のことをやってるんですよね。「とりあえずやりました」みたいなものは別として、なぜその方法と材料を使ったのかといった理由が説明できているものに関しては批判されるべきではないと思っています。
――また、こういったCT装置が教育機関にあることについてはどのように捉えていらっしゃいますか?
伊藤:この装置を導入する時に私が伝えたアピールポイントでもあるんですけど、学生さんの知的好奇心をくすぐり高めるものだと思うんですよね。「CTはこういうものに使う」という既成概念を外すことで、今までとは全然違う発想で考えられるようになる。そういう意味でも美術系の総合大学に導入されたのはとても大きいと感じています。
笹岡:それから学生や先生方がつくった作品をCTで確認することもできますし、技術開発なんかにも活用できるんじゃないかなと思います。3Dデータも取れるわけですしね。
伊藤:そう。世の中には3Dスキャナーも3Dプリンターもありますから、そういうものと組み合わせていろんなことを調べたりできますよね。
笹岡:あとは産学連携だったり、ここを卒業する学生にとっては将来仕事をする上で「母校に行けばあんな装置があってこんなことができる」と、切れるカードが1枚増えることにもなるのかなと。
伊藤:そう言えば大日如来坐像を持ってきたのもここの卒業生なんです。仏像修復を仕事にしている『東北古典彫刻修復研究所』というところからの依頼だったんですけど、そこは以前、芸工大で先生をされていた方がつくった会社で、その先生もいらっしゃってここで画像を見ながら「芸工大でこんなことができるようになったとは」とすごく喜んでおられました。
左から)本学の元教授で、東北古典彫刻修復研究所?所長の牧野隆夫さん、
? 本学の卒業生で、東北古典彫刻修復研究所?副所長の渡邉真吾さん
笹岡:あと「今までぼんやりとしか分からなかったことが、CTが入ったことでもっと分かるようになるといいな、感無量」ともおっしゃってましたね。
伊藤:今回のCT導入で、できなかったことができるようになったり見えなかったものが見えるようになって、修復家の欲求をも満たすことができたわけです。
芸工大の学生たちは、研究員がすぐ横にいる環境の中、そこから出てくる成果を目にし、場合によっては自らも関わりながら日々学んでいます。そうやってプロが科学的な調査をしているところに接する機会が多くあるというのは、まさにこの大学だからこその特長と言えるのではないでしょうか。
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「我々の場合、作家さんと違って“私の作品”じゃないんですよね。あくまでも裏方として地道にデータを取って、そこから次に伝えるための手段を講じていく。それが仕事なんです」とおっしゃっていたお二人。だからこそ欠かせなかった、X線CT装置という客観的かつ科学的な目。地域に残る文化財をより長く保存するため、さらには学生の好奇心や意欲を高め、新たな技術を開発するものとして、本学では今後より一層この装置を活用していく予定です。
(文:渡辺志織、撮影:法人企画広報課)
任你博 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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