1月の末、大阪のとあるホテルで部屋の明かりを消し、ぼーっと窓の外を眺めていた。ハイバックのチェアにもたれかかり、うつらうつらしながら小一時間窓に映る夜景を眺めていた。
身を投げ出すほど疲れていたのには訳がある。遡ること2日前、その日はいつもどおり授業を終えて仙台空港に向けて車を走らせていた。昼間から雪が降り続いていたので早めに出たが、あいにくの吹雪で山形道は笹谷-宮城川崎間が通行止め。一般道に迂回すると大渋滞で空港まで2時間もかかってしまった。着いた時には予約したANA便はすでになく、やむなく後発のピーチに切り替えて関空に飛んだ。この日は香川県の丸亀まで行って泊まるはずが、大阪難波に着いたのがすでに23:15。やむなく大阪で一泊し、翌朝に丸亀に入った。午後から開催の文化庁主催「全国城跡等石垣整備調査研究会」に参加するためである。
午前中、時間は削られたが塩飽諸島の本島にどうしても見たい石があってフェリーで島に渡った。港から30分ほど歩くと、寛永元年(1624)の大坂城普請で豊前小倉の細川家が石垣石を切り出した高無坊山の麓に着く。そこから急斜面を何度も上り下りし、最後は足がガクガクになって道路に滑り降りた。そして小走りに港まで戻り、帰りのフェリーに乗船した。(この日はキャンペーンで無料)
2日間研究会で全国の石垣仲間と交流し、3日目のエクスカーションをキャンセルしてやってきたのが冒頭の大阪のホテルである。KKRホテル大阪-大阪城に恋するホテル-。大阪城公園の南にあってお城(特別史跡大坂城跡)が一望できることで人気が高い。全国の城下町では観光拠点としてお城の近くにホテルがあまたあり、「キャッスルビュー」を売りにしている。近頃はどこの城も天守や櫓、石垣をライトアップしているので、綺麗な夜景を楽しむことができる。ちなみにお城が見えない側の部屋は「シティビュー」と言って城下町側をみる玄人好みの部屋ということになる。キャッスルビューが取れなかったとがっかりする必要はない。たいていは最上階のレストランやエレベーターホールなど、共有スペースからお城をながめることができるからである。
私はあちこちのお城へ行くが、それほどお城が好きかと言われるとそうでもない。このホテルがいいのは二ノ丸南堀の石垣を正面に見ることができるからである。うたた寝から目が覚めるとライトアップで浮かび上がった石垣を部屋にいながらにして観察(双眼鏡使用)できる。翌朝は飯も食べずに2日間の攻略作戦を考えていた。もちろん窓越しにみる夜景は美しい。「額縁効果」といって、暗いフレームの中に明るいものを置くことによって被写体が引き立ち、締まって見える。額縁効果を利用して映える写真を撮ることもできる。
みなさんも城下町で宿泊するときはキャッスルビューを味わってみてはどうだろう。ただし、地図でお城が近いからと思って予約すると、実際は目の前に大きなビルがあって何も見えないことがある。事前にホテルのHPや口コミで確認しておこう。
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お城とホテルで近年話題になっているのが「城泊」である。
「城泊?寺泊」は、2016年に政府が主導して策定した「明日の日本を支える観光ビジョン」でうたわれた歴史的資源を活用した観光まちづくりの施策の一つである。お城やお寺を日本ならではの文化が体験できる宿泊施設として活用することで、2030年の訪日外国人旅行者数6,000万人、訪日外国人旅行消費額15兆円等の実現を目指そうとしたものである。
2020年、観光庁は城や社寺を、見る文化財から「使う文化財」へ!のキャッチフレーズを掲げ、「城泊?寺泊を核とした地域の歴史的資源を保全?活用する補助金」制度を設けた。政府が城泊のインバウンド化と体験コンテンツの充実支援に乗り出したのである。もともとヨーロッパでは城や宮殿を活用したホテルは人気がある。欧米の富裕層をターゲットにユニークな体験型宿泊コンテンツで地方へも誘客をはかろうという目論見である。
2020年7月からスタートした愛媛県大洲城の「キャッスルステイ」は日本ではじめて木造天守に宿泊ができるとして話題になった。国宝?重要文化財天守での宿泊は文化財保護の観点から許可されないが、大洲城天守は2004年に江戸時代の木組み模型や明治の古写真を参考に復元された現代の木造建築である。重要文化財の高欄櫓?台所櫓と渡櫓でつながり、連結式天守として風格あるたたずまいを見せているが、天守そのものは文化財ではない。一泊一組110万円という価格設定にも驚くが、コロナ禍でこの料金にも関わらず、この2年半の間に14組の利用があり、2023年3月~7月までの前半シーズンだけでもすでに10件以上の予約が入っているという。
大洲城は蛇行してゆったりと流れる肱川河畔の高台にあり、城下から見上げる眺望、ロケーションも素晴らしい。また、城下町に点在する歴史的な邸宅や町屋、古民家を改修した分散型ホテル「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」も人気が高い。
長崎県平戸市では「平戸城CASTLE STAY 懐柔櫓」が2021年4月からオープンした。平戸城は海を望む高台にあってこれまた素晴らしい眺望を誇っている。こちらも1泊1組2名限定の「Lord of Castle?城主物語?プラン」が2022年3月末から発売され、価格は110万円に設定されている。
懐柔櫓は天守とともに1962年に建てられた鉄筋コンクリート造の建物で、築50年を超えて改修の必要に迫られていた。このタイミングに城泊事業が登場して、宿泊を前提とした大規模な改修に踏み切ることができたのである。2017年に実施された「平戸城キャッスルステイ無料宿泊イベント」には国内外から約7,500組(半数以上が欧州)の応募があったというから驚きである。室内は櫓の外見とは裏腹にモダンな設備?装飾となっている。
新幹線駅に直結している広島県の福山城天守(1966年鉄筋コンクリート造、福山城博物館)は2022年に外観、内装を大規模改修し、2024年春をめどに宿泊施設として活用する「城泊」を始める。宿泊体験を観光客誘致の目玉にしようとしている。
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ふるさと納税を活用した取り組みも面白い。
兵庫県篠山城では2000年に本丸御殿の一角をなす大書院が木造復元された。丹波篠山市は当初、これを「城泊」に活用しようと検討したが、建築基準法などの規制をクリアできずに断念。この4月からふるさと納税返礼品の“目玉”として、大書院を貸し切り、ディナーなどを堪能できる旅行プラン「殿様御成体験/殿様御膳」の提供を始めた。「城主気分」でもてなしを受ける1日1組限定の豪華ツアーである。学芸員や地元ガイドの案内で城下町を散策し、古民家を改修した「篠山城下町ホテルNIPPONIA」のスイートルームに宿泊する。寄付額は基本プランが161万5千円、大書院での狂言鑑賞や青山歴史村での香道体験を追加すると322万7千円となる。
【1日1組限定】篠山城大書院貸切で殿様御成体験(ふるさとチョイス)
世界遺産姫路城をもつ姫路市も負けていない。2021年12月「一日城主」の気分はいかが、として高額のふるさと納税返礼品に、姫路城の城主体験の募集を開始した。納税額3,000万円で閉城後の城を貸し切りにし、テレビ等でも著名な城郭考古学者が案内役となって非公開エリアなどを巡る。ヘリやハイヤーによる送迎付で、天守を望むホテル日航姫路のスイートルームに宿泊する。夕食は城を正面に望む最上階のバーラウンジを貸し切り。城主の証しとして姫路城への「永久入場権」と寄付者の肖像画も贈られるという。2022年度は1名の寄付がありすでに実施された。
他にも違った形の「城泊」が好評である。宮城県白石城には1995年に木造で復元された三階櫓(天守)がある。2019年9月にはインバウンド観光を念頭にサンマリノ共和国駐日大使夫妻を招待し、木造では国内初となる「天守」での城泊体験を実施し、甲冑の着用や居合道、日本舞踊などを体験した。現存天守や往時の天守を忠実に復元した木造建造物を常設の宿泊場所として利用するには法規制や利便性の面(トイレや水道はない)で制約があって実現できないが、天守前の広場にテントを張って宿泊する「城キャン」を毎年5月と10月に行っている。
「城キャン」のご本家といえば島原城。5層からなる層塔型の天守(1964年鉄筋コンクリート造)はお城ファンにも人気が高い。
2017年に総務省「IoTサービス創出支援事業」を契機に、もとから本丸内にあった広い駐車場を「城泊」に活用しようという発想が生まれた。天守を見上げる本丸内にトレーラーキャンピングカー(セミダブル1、シングル1、エアコン、冷蔵庫付)を置き、ここで城泊をする。定員2名で値段が8,800円。人気があってなかなか予約が取れないらしい。自家用車やキャンピングカーで行く場合は4,000円と手ごろである。
「城泊」はもともとインバウンド観光の促進と富裕層の旅行消費狙いだったが、現実的には新型コロナウィルスの流行でインバウンドが制限される一方、お城好きな日本人の需要を呼び起こす効果もあって、利用者のほとんどを日本人が占めた。「城泊」のコンテンツはターゲットに合わせて今後多様化していくだろう。
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春3月の末、弘前城の仕事の後、青森から大阪に飛んで丸亀に向かっていた。
今度は出発間際の地震で滑走路の点検が入り、またしても飛行機が遅れた。伊丹から新大阪駅に移動し、21:50ののぞみで岡山へ。瀬戸大橋線を乗り継いで日付が変わってから丸亀駅に着いた。
翌日、丸亀城の仕事を終え、夜に再び大阪に戻ってきた。1月の時は水堀際の木々は葉っぱを落としていたが、石垣面に草があって一部よく見えない所があった。今回は石垣の除草のタイミングを見計らってリベンジに行ったのである。狙い通り、石垣はきれいに除草され、青草が茂る前の絶好のタイミングだった。しかし、誤算だったのは視界を遮るほどの満開のサクラと国内外から押し寄せた大勢の観光客だった。満開のサクラが珍しいインバウンド観光客は自撮りスタンドの前でポーズを決めながら思い思いの写真を撮っていた。こちらは5mのロッドを上げたり降ろしたり、桜の枝をかき分けながらリモートで石垣の写真を撮る。時には(大阪人らしく)絡んでくる人もいたが、人混みに紛れてかえって目立ったなかったかもしれない。以前、公園管理者に調査の許可を得ようと電話したら「5mのロッドも1mの自撮り棒も大して変わらへんからええんとちがうか」とおおらかな返答。だから大阪は好きだ。
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うすうす感じられている方も多いと思うが、文化財に対して「保存優先から観光客目線での理解促進、そして活用へ」という潮流が現場に押し寄せてきている。文化庁が策定した「文化財活用?理解促進戦略プログラム2020」では冒頭に「観光資源としての戦略的投資と観光体験の質の向上による観光収入増を実現し、文化財をコストセンターからプロフィットセンターへと転換させる必要がある」と強調する。語弊はあるが「金のかかるお荷物から、利益を生み出す玉手箱へ」ということになろうか。「文化財は専門家のためだけのものではなく、一般の人や外国人観光客に『見られて感動し、その価値を知ってもらって初めて真価を発揮するもの』であるという意識改革を現場へ浸透させることが重要である」と。政府の育成策を後押しに、お金の儲けどころと新たな事業者の参入が始まっている。文化財を管理する自治体の側でも経済効果を期待したMICE(マイス)※1 の誘致やユニークベニュー※2が流行語のように飛び交う。
私は東北地方太平洋沖地震や熊本地震、西日本豪雨等によるお城の被災を目の当たりにし、その復旧のお手伝いをしている。史跡の保存管理や石垣の耐震診断指針策定に関わる身として、前のめりに進む観光活用の現状にどこか肌寒さを感じざるを得ない。快晴の空と満開の桜、コロナ明けを思わせる大阪城の人波を見ながらも一抹の不安が脳裏をよぎるのであった。
早朝から夕方まで黙々と作業をし、帰りの機中は離陸前にはもう気を失っていた。
(文?写真:北野博司)
※1 MICEとは:Meeting(会議?研修?セミナー)、Incentive Travel(報奨?研修旅行)、Convention?Conference(大会?学会?国際会議)、Exhibition/Event(展示会?イベント)の頭文字をとった造語で、ビジネストラベルの一形態。参加者が多いだけでなく、一般の観光旅行に比べ消費額が大きい。※2 ユニーク(特別な)ベニュー(会場)とは:歴史的建造物?神社仏閣?城跡?美術館?博物館などの独特な雰囲気を持つ会場で,コンサート?会議?レセプション?イベント等を実施することにより,特別感や地域特性を演出することを目的とする。
BACK NUMBER:
#01 プロローグ
#02 タイ?ラオス旅から、危機との向き合い方を考えた
#03 なぜ、旅先で髪を切りたくなるのか―タイ?ラオス旅
#04 盛夏を普通電車で行く
#05 初秋の久松山?鳥取城跡に想う
#06 お城と動物園
#07 石の声を聞く-盛岡城跡の「双子石」
#08 石垣のArt & Design
#09 愛の行方-米沢城跡の今に思う
#10 北の旅、南の旅
#11 旅の宿
#12 秋に「塞王の楯」を読んで、春に“マイラー”になった話
#13 猫の足の裏、人の足の裏
#14 石の島と人情
関連ページ:
歴史遺産学科の詳細へ
北野博司(きたの?ひろし)
富山大学人文学部卒業。文学士。
歴史遺産学科教授。
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専門は日本考古学と文化財マネジメント。実験考古学や民族考古学という手法を用いて窯業史や食文化史の研究をしている。
城郭史では遺跡、文献史料、民俗技術を駆使して石垣の構築技術の研究を行っている。文化財マネジメントは地域の文化遺産等の調査研究、保存?活用のための計画策定、その実践である。高畠町では高畠石の文化、米沢市では上杉家家臣団墓所、上山市では宿場町や城下町の調査をそれぞれ、地元自治体や住民らと共に実施してきた。
自然と人間との良好な関係とは、という問題に関心を寄せる。
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