第34回 万博の歌姫~メリー?ホプキンの巻|かんがえるジュークボックス/亀山博之

コラム

万博といえば

 夏休みに入ると遠出する方もおられましょう。わたしは9月にある学会の準備のために、この夏はずっと引きこもって過ごす予定だ。なので、せめて気分だけでもどこかに行きたい???というわけで、ちょうど大阪で万博が開催されているから、万博らしいレコードを聴くことにしましょう。

クラフトワーク『ツール?ド?フランス』サイクルジャージ
「万博で好評を博した」というメリー?ホプキン
ミャクミャクステッカーは夕ヶ谷#3moriちゃん提供

 万博といえば今年2025年の大阪万博よりも、どうにも1970年のほうが頭に浮かぶ。太陽の塔に全自動全身洗濯機などなど。メラメラ感が炸裂していたあのEXPO’70。万博といったら1970年だと思うのはなぜだろう?輝かしい未来への強烈な想いが当時の万博のほうが強かったからなのか、はたまた、昔のほうが良かったと人は思いがちだからなのか????

クラフトワーク『ツール?ド?フランス』サイクルジャージ
「悲しき天使」日本盤

 1970年の万博で「好評を博した」ウェールズの歌姫メリー?ホプキン(Mary Hopkin)の「愛の喜び(Pleserau Serch 注:これはウェールズ語)」も素敵な曲だけど、彼女の代表曲といえば1968年発表の「悲しき天使(Those Were the Days)」でしょう。ポール?マッカートニーがプロデュース。「昔は良かった、嗚呼、輝いていたあの頃???」と遠い目で良かった頃を懐かしむ曲である。

クラフトワーク『ツール?ド?フランス』サイクルジャージ
1970年の万博ダイジェストを収めた東宝の8ミリフィルム
筆者は8ミリフィルムもコツコツ集め続けている

 EXPO’70へ実際に行かれた方は、これを聴いて当時を懐かしむのもよいかもしれない。メリー?ホプキンは70年の万博のステージでもこれを歌っている。

「悲しき〇〇〇」

 「悲しき天使」はどこかもの悲しくて、けれど、馴染みやすいメロディ。世界各国で大人気になったのも納得だ。ロシア民謡が原曲である。邦題が「悲しき天使」とはいうものの、悲しい天使が詩に登場するわけではない。その昔「悲しき鉄道員」(ショッキング?ブルー)や「悲しき雨音」(ザ?カスケーズ)、はては「悲しきカンガルー」(パット?ブーン)まで、「悲しき〇〇〇」というタイトルの曲が流行っていたので、それに便乗したネーミングに過ぎないっぽい。「天使」のほうは、おそらくウェールズの歌姫を天使に喩えてそう呼んだのでしょうか。なにはともあれ、混沌さえも輝いて見えた、そんなあの頃は良かった???。

Once upon a time there was a tavern
むかしむかし、とある酒場がありました

Where we used to raise a glass or two
わたしたち、よくグラスを傾けました

Remember how we laughed away the hours
笑って過ごすあっという間の時間

Dreamed of all the great things we would do
すばらしいことを夢見ていました

(Chorus)
Those were the days, my friend

あのころは良かった、友よ

We thought they’d never end
ずっと続くと思っていましたね

We’d sing and dance forever and a day
歌い踊りつづけていましたね

We’d live the life we choose
生きたいように生きて

We’d fight and never lose
闘っても絶対に負けなかった

For we were young and sure to have our way
だってわたしたちは若くて、好き勝手やっていましたもの


Then the busy years went rushing by us
忙しく月日は過ぎてゆきました

We lost our starry notions on the way
途中で、輝く志を失ってしまいました

If by chance I’d see you in the tavern
万が一、あの酒場で会えたら

We’d smile at one another and we’d say
お互いに微笑みあって、こう言いましょう


(Chorus)


Just tonight I stood before the tavern
ちょうど今夜、あの酒場の前に来ました

Nothing seemed the way it used to be
何もかも昔とは違っているようでした

In the glass, I saw a strange reflection
窓ガラスに見知らぬ人が映っていました

Was that lonely woman really me?
あの寂しげな女の人は本当にわたし?


(Chorus)


Through the door there came familiar laughter
ドアから聞き覚えのある笑い声がしました

I saw your face and heard you call my name
あなたの顔がみえて、わたしを呼ぶ声が聞こえました

Oh, my friend, we’re old but no wiser
友よ、わたしたち、歳を取ったけど物わかりがよくなったわけでもないですね

For in our hearts, the dreams are still the same
心のなかでは、あの夢はあのときのまま

 “Once upon a time”で始まる詩なので、「むかしむかしあるところに」という昔ばなし風に訳してみました。メリー?ホプキンの歌声を聴きながら訳していたのですが、あの澄んだ歌声とやるせない詩の内容との相乗効果のおかげで、やけに悲しくなりました。闘ったけど負けた???けれど、わたしたち、確かにあのとき輝いていたわね、みたいな展開が、70年をピークに下火になっていった一連の学生運動とかを思い出させて、余計にしんみりさせます。

本当に「昔は良かった」のか?

 さて最後に、「昔は良かった」というのは本当かという問題についてちょっとかんがえてみた。昔は良かったと思う理由…その①思い出が美化されるから、その②今より若くて無茶がきいたから、その③現状に対してはなかなかできない「俯瞰」が、過去に対してはしやすいから、その④昔とは変わってしまった今に馴染めないゆえ、慣れた昔が良く思えるから、その⑤本当に昔のほうが良いから。と、とりあえず5つの仮説を立ててみました。読者のみなさま、お好きなものから検証なさってください。

クラフトワーク『ツール?ド?フランス』サイクルジャージ
「愛の喜び」ジャケット裏面
70年の万博のステージで歌うメリー?ホプキン

 ともあれ、老いて初めて見える景色、初めてわかることがあると思いますので、これからもあれこれかんがえながら、コツコツこのコラムも続けます。どうぞよろしく。あ、今年の夏芸大はわたくし担当の講座はございません。が、9月の芸工祭の催しには登場予定です。誰に頼まれているわけでもないけれど、いろいろ準備中です。みなさまにお会いできるのを楽しみにしています。暑さに気をつけて、よい夏を!

 それでは、次の1曲までごきげんよう。
 Love and Mercy

(文?写真:亀山博之)

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亀山博之(かめやま?ひろゆき)
亀山博之(かめやま?ひろゆき)

1979年山形県生まれ。東北大学国際文化研究科博士課程後期単位取得満期退学。修士(国際文化)。専門は英語教育、19世紀アメリカ文学およびアメリカ文学思想史。

著書に『Companion to English Communication』(2021年)ほか、論文に「エマソンとヒッピーとの共振点―反権威主義と信仰」『ヒッピー世代の先覚者たち』(中山悟視編、2019年)、「『自然』と『人間』へのエマソンの対位法的視点についての考察」(2023年)など。日本ソロー学会第1回新人賞受賞(2021年)。

趣味はピアノ、ジョギング、レコード収集。尊敬する人はJ.S.バッハ。