[優秀賞]
笹館郁乃|装潢文化財における洗浄技法の比較研究
山形県出身
杉山恵助ゼミ
本研究は、装潢文化財修復における洗浄技法の効果の比較を目的とし、日本の伝統的な技法と西洋のペーパーコンサベーションの技術を融合させたアプローチを探るものである。洗浄は、本紙内部の経年汚れを除去するために行われるが、水に敏感な紙の特性上、適切な方法を選ぶ必要がある。特に装潢文化財の修復では、水を用いることによる紙の変形や脆弱化が懸念されるため、安全性を考慮した技法の選択が求められる。しかし、装潢文化財分野では、実際の修理作業を前提とした研究が少なく、洗浄技法や使用素材の選定は修復士の経験や感覚に頼ることが多い。そのため、修理現場での応用を見据え、装潢文化財に応用できる可能性の高いペーパーコンサベーションの洗浄技法であるキャピラリーウォッシングと、装潢文化財修復で最も一般的に行われるブロッター洗浄を比較し、それぞれの洗浄効果を分析した。キャピラリーウォッシングは、水を紙に直接供給するのではなく、不織布の毛細管現象を利用して水を浸透させる技法であり、洗浄効果の高さや絵画層への負荷軽減が期待される(図1)。一方、ブロッター洗浄は、吸取紙の毛細管力を利用して汚れを除去する伝統的な技法であり、装潢文化財修復の現場で広く採用されている(図2)。また、洗浄中に一時的な支持体として使用される不織布と吸取紙に焦点を当て、それらの素材が本紙に与える影響を汚れの洗浄効果の観点から検討した。比較対象は、本大学の文化財保存修復センター東洋絵画修復室が保有する不織布4種類(Paraprint OL 60、ポリエステル紙、レーヨン紙、サンモア)と厚さの異なる吸取紙2種類。そして、ペーパーコンサベーション分野の先行研究において、使用された事例があり、海外の修復用材料を扱うオンラインショップTALASから購入可能だった不織布4種(Evolon、Sontara、Sympatex Membrane、Reemay)を新たに比較対象に加えた(図3)。その結果、キャピラリーウォッシングとの組み合わせで最も高い洗浄効果を発揮した不織布はEvolon CRだったが、洗浄速度はParaprint OL 60が上回った。一方、ブロッター洗浄には厚い吸取紙が適していること、養生紙にはレーヨンNo.12の組み合わせで良い洗浄効果が得られた。さらに、キャピラリーウォッシングは明るさの向上や黄ばみの除去に優れ、ブロッター洗浄は赤みの減少に効果的だった。素材の観点からみると、不織布と吸取紙は親水性の高いものが洗浄に適していると言える。
芸術工学研究科長 深井聡一郎 評
笹館郁乃は装潢文化財修理における洗浄技法において、日本の不織布や吸取紙を用いたブロッター洗浄と西洋のペーパーコンサベーションの洗浄技法であるキャピラリーウォッシングを比較検証を行った。その中でキャピラリーウォッシングに用いられる吸取紙の種類による効果の違いを検証し、それぞれの特性を分析した。また洗浄時に本紙を保護するための養生紙を比較し、それらの組み合わせから最適なものを示した。
装潢文化財修復の業界では修復家の経験値的な感覚で修復資材が選ばれることが多いと聞く。そんな中本研究では明確な効果を求める修復家や同様の観点から研究を進める後世の研究者たちにとって、有効な資料としての価値があるように思えた。
本学修士課程の学びに対し勤勉に励み、後世の研究や実際の作業現場での修復に貢献する優秀な成果として、優秀賞を授与する。
1. キャピラリーウォッシング
2. ブロッター洗浄
3. 比較対象の不織布と吸取紙