澁谷歩理|特別史跡多賀城跡附寺跡における史跡活用の将来性とその課題-外郭南門復元事業を契機に-
宮城県出身
佐藤祐介ゼミ
特別史跡とは、遺跡のうち重要なもののなかでも、「学術上の価値が特に高く、我が国文化の象徴たるもの」を示す。
特別史跡多賀城跡附寺跡とは、宮城県多賀城市市川?浮島の丘陵にある政庁跡である。奈良?平安時代における陸奥国の国府で、奈良時代には蝦夷討伐の政治と軍事の中心であった。日本三大史跡の一つとして、平城宮跡や大宰府跡に並び特別史跡として指定されている。本研究の目的は、多賀城南門復元の現状を整理し、地域づくりの象徴として将来的な保存活用の可能性について考察することである。
史跡保存の歴史は、1911年に史跡名勝天然記念物保存協会が設立され、運動が活発化したことからはじまった。1945年に第二次世界大戦が終戦すると、文化財損失の影響を受け国民による文化財保護への意識が強まった。近年、行政のみの文化財保存だけではなく、地域住民中心の新たな文化財保護の仕組みが求められている。先行研究では、地域全体が一体となり継承に取り組むには史跡復元が適当であるという。また、建造物の復元により未知の存在が可視化され、市民と遺跡の間に大きな接点が生まれる。復元事業では、復元原案や実施原案を区別しそれらの経緯を明確化する必要がある。
2011年策定の特別史跡多賀城跡附寺跡第3次保存管理計画では、近年は特に特別史跡南面地区の現況が大きく変化してきており、これらの周辺整備事業との調整が急務であるという。同年に起きた東日本大震災の影響や社会的要因から計画は持ち越されており、多賀城跡の保存活用事業は他地域の文化財と比較しても遅れた状況だ。
南門復元建造物南方には、ガイダンス施設や多目的広場?その他便宜施設(便所?駐車場等)を設置している。ガイダンス施設には①展示②学習③情報④拠点の4つの機能がある(図1.2.3)。多賀城南門復元事業は、埋蔵文化財として視覚化されない文化財と市民との間に大きな接点を生み出す契機である。若年層や文化財への関心が薄い人へのアプローチを進め、多賀城跡でしか体験出来ないイベントを開催する必要がある。南門復元事業をはじめとして史跡への関心を集め、継続的に市民の意見を幅広く取り入れる取り組みが重要である。また、他の史跡では体験出来ない多賀城特有のイベントや文化財の活用方法を模索する必要がある。
1. 復元された多賀城外郭南門
2. 整備された歴史公園
3. 多賀城外郭線の南東隅エリア