[最優秀賞]
込山真生|耳の形状にみる仏師畑次郎右衛門の特徴ー善寳寺五百羅漢像を中心にー
新潟県出身
柿田喜則ゼミ
龍澤山善寳寺の善寳寺五百羅漢堂内には、500体を超える仏像群が安置されている。そのほとんどは羅漢像であり、1846年~1855年にかけて、京都の仏師『畑次郎右衛門』を中心とした仏師集団により造像されたと考えられている。これまでの調査により、羅漢像からは畑や複数の仏師の名前を記した銘文が確認されている。しかし羅漢像は銘文がない像が多数を占めており、羅漢像造像に関わった仏師の規模は不明である。そこで本研究では、銘文が無く作者不明な羅漢像の作者同定を行うための基礎データ作成を目的とし、耳の形状から抽出した造形的特徴を基に羅漢像の分類を試みた。
仏像は定められた規則を基に造像される。しかし耳は造形表現における規則がなく、制作者の個性が現れやすいと論じられている。また、銘文がある仏像の耳から制作者の造形的特徴を分析することで、制作者不明な仏像の作者同定に有用性が見込まれている。以上を踏まえ、本研究では畑の銘文が確認されている6体(04-05,22-28,22-30,23-30,12-29,十大弟子8)を基準像に定め、耳の特徴を調査した。その結果04-05,22-28,22-30の耳輪の形や上脚?下脚の曲がる角度に類似点を確認できたが、基準像全体に共通性はみられなかった。先行研究では耳輪や両脚の角度などから特徴を見出している。よって、観察で個体差がみられた、耳輪、耳朶、上脚と下脚、耳珠と対珠の形(A09-1)には特徴が現れやすいと推測した。このことを踏まえ、基準像の耳の造形パターンから他の羅漢像を分類するためのチェックシートを作成した。シートによる分類の結果、今回対象とした羅漢像77体の内43体の耳が基準像の耳と類似していた。また43体中、像本体に銘文がある04-05、23-30の耳に類似する像は約半数を占めていた。この結果より、耳が類似し、銘文がどちらも同じ位置にある04-05型の基準像04-05と22-28は、畑の作である可能性が高いといえる(A09-2)。
本研究を通し、銘文像を耳の造形的特徴ごとに分類できた。また、チェックシートの分類結果から相貌の類似性を確認し、羅漢像に関わった複数の仏師の存在や、銘文の位置など作者同定において複合的な検証が可能になることを指摘できた。本研究成果は、今後羅漢像を耳から分析する際に基礎データとして利用できると考える。
柿田喜則 教授 評
仏像の制作者を特定するために用いられる学術的研究手法の1つに、耳の研究があります。耳の形状は複雑であり、作り手の癖(くせ)が表れやすい場所とされています。
込山さんが研究対象とした善寳寺五百羅漢像は、京都仏師?畑次郎右衛門を中心に制作されました。これまで畑の銘のほか、何人かの仏師銘が確認できていますが、多くの羅漢像は誰が制作したのか、どれほどの人数が制作に関わったのか、不明のままです。研究では畑の墨書(サイン)が確認されている6体の耳の特徴を詳細に調査し、そのデータを基に「分類チャート」を作成しました。これにより、まだ調査されていない羅漢像を分類可能としました。このことは基礎研究として大変評価できます。今後、調査対象がふえることで500体もの制作を成し遂げた当時の仏師たちの全貌が見えてくるかもしれません。
彼女は来春から大学院への進学が決定しています。今回の基礎研究をさらに発展させ、飛躍してくれることを大いに期待します。