関口文夏|花巻人形における赤色色材とその着色技法の同定に向けた基礎研究
青森県出身
佐々木淑美ゼミ
花巻人形は岩手県花巻市周辺で見られる土人形である(No.1)。他の地域の土人形と比較して、より鮮やかな彩色表現が施されており、その華やかさが高く評価されることがある。保存科学研究室では平成29年度より、花巻市博物館収蔵の花巻人形に対する色材調査が実施されている。彩色表現の中でも特に赤色の表現において、古くから日本において使用されてきた色材の他に、臭素を検出する赤色が認められた。調査対象の花巻人形の制作年代は江戸時代後期から明治時代末期であることから、使用された色材は、当時の日本で流通していた色材である可能性が高い。
外国製の赤色合成染料である「洋紅」は江戸時代後期頃の浮世絵版画に使用されていたことが分かっている。洋紅は日本に流入してから現代に至るまで、その名称と原材料に変化がみられるが、フルオレセインを臭素化した結晶から生成されたエオシンが赤色色材として使用されていたことも、後年の技法書で記載がみられる。また、花巻市博物館では、臭化メチルガスを用いた燻蒸が行われていないことから、花巻人形本体に臭素を示す色材が使用されている可能性が考えられた。
そこで本研究は、花巻人形の色材調査を実施するとともに、それらに使用された赤色色材にエオシンが使用されていたと想定し、その再現試料(No.2)を作成して花巻人形での使用箇所の同定とその結合材の推定を試み、色材および製作技法の同定に向けた基礎的研究とした。
実験及び、花巻人形の色材調査からエオシンが花巻人形に使用されていた可能性は高いと考えられる。結合材として膠の使用が推察され、その濃度は3%前後での使用が考えられる。結合材の膠の濃度が高い場合や、色材の塗布回数を増やすことでしみこみや色調を変化させることが可能であることも分かった。
花巻人形で見られる特徴的な艶の表現において、ニスが使用されていた可能性を実験内で指摘したが、合成樹脂系のニスが花巻人形製作当時の日本で流通していたとは断言できないため、天然樹脂などといった材料が表面に塗布されていたか、色材による効果であると考えられる。塗布回数や結合材の種類、エオシンの濃度によってニスで得られるような光沢を得ることが可能である可能性を認めたことからも、それが当初からのものなのか後世の処置なのかは、慎重に検討する必要がある。