文芸学科Department of Literary Arts

山﨑隆登|差し切りアテンション??
青森県出身
玉井建也ゼミ

<本文より抜粋>

 澄み渡るような青空の下、太陽の光を反射して神秘的なほどに煌めく大河の水面を、七艇のボートが切り裂いていく。
 IH女子シングルスカル決勝、最後の二百メートル。
 いずれも全国から勝ち上がってきた猛者揃い。ペースはこれからさらに上がっていく。
 二本のオールは水を絶対に逃さない。体はもはや艇と一体になり、脚の蹴りによって生み出した推進力を余すことなくオールに伝える。
 艇の進みは好調。脚に疲れはあるけど、余裕もある。
 ボクは先頭を漕いでいた。
 八百メートルを漕ぎ切った時点で、他の選手を抜き去って先頭に立つ。
 このレースは、ボクの戦法が完全に嵌っていた。このレースは実質、ボクが支配していたと言ってもいい。
 勝つための条件は全て揃っていた、はずなのに。
 横のレーンにいた選手の、ボクとは対照的な余裕のない鬼気迫るような表情。
 ボクを猛追する彼女の姿が、ボクには良く見えた。見えてしまった。
 残り五十メートルで一艇身差。
 十分な余裕はあったのに、どれだけ力を入れて漕いでも、グン! グン! と一漕ぎごとに驚異的な伸びを見せて迫ってくる相手から逃げ切れる気がしなかった。
 写真判定にまでもつれ込んだけど、結果は二着。
 後から聞いた話だと、その差は五センチほどしかなかったらしい。
 この話を聞いた皆は、日本一まであと五センチ届かなかったって捉え方をするけど、ボクはそうは思えない。
 ボクには、その五センチがどうしようもなく長い距離に感じてしまう。

 おろしたての制服に、ピッカピカの校章と二年生の学年章、そして桜模様が彫られた金バッジ。
 鏡に映る自分を見て、ようやく転校したんだって実感が湧いてくる。
 首から下は完全にお嬢様だ。ロングスカートだから脚の筋肉も見えないし、何より気品? みたいなものが溢れている気がする!
 ……首から下は黒髪ショートカットのいつものボクだけど。
 制服が白いからか、まだ日焼けが残っている肌の色が余計に目立っている。
「っと、ショックを受けてる場合じゃなかった」
 理事長室を訪ねる前の身だしなみチェックでショックを与えられるとは、流石お嬢様学校。恐ろしいところに来てしまった。
 若干の戦慄を覚えながら、理事長室に入室する。