文芸学科Department of Literary Arts

パンをひとかけら
田中香
宮城県出身 
石川忠司ゼミ

<本文より抜粋>
「そっちまだか」「ボルト足んねえぞ、こっちに寄越せ」「邪魔だ、ウロウロするな」頭上から降ってくる声を避けながら、テオは脚立の下をくぐっていく。下りてきた時に感じた涼しさは、動き回っているうちになくなった。「こっちはもうすぐだよ」「はいこれ、使い終わったらちゃんとフタ閉めてね」「おっちゃんのでかいオシリよりは邪魔じゃないと思うよ」男たちの笑い声が地下水路に響き渡った。「ほらテオ、最後の仕上げをするからよく見ておけ」ベンに呼ばれて、持っていた背負いカバンを通路の端に置いた。ベンの脚立の下まで行くと、手招きで上まで来るように促される。「見えるか?」「うん、大丈夫」テオは腰のベルトにつなげていた懐中電灯をカチ、カチと二つ目の明かりにして、ベンの手もとを照らした。汚れた手にはボルトを締めるための六角レンチが握られていた。「ここから水が出てくるの?」水路の上部に等間隔で空いた穴は、地上の水路につながっている。穴の中を明かりで照らしても、暗闇は奥に逃げただけだった。「そうだ。奥にあるプロペラが水流で回ることで、この板が上がっていく」ベンが実際に板を上下させると、その隙間からプロペラが回っているのが見えた。「板を留めるボルトとナットは点検のたびに交換するんだ。そして、きちんと動くことを確認したら、最後に格子をつける」ボルトを裏から差し込むための丸い穴が、四隅の角と上下の真ん中に一つずつある。ベンはそこに手際よくボルトを付け、板をはめてナットで留めていった。テオの仕事は差し出された手のひらに必要な方を置くことだった。六つすべてを締め終わると、もう一度左上から時計回りに緩みがないかのチェックをする。「よし、これで終わりだ。他の奴らに片付けるよう伝えてくれ」「分かった」テオは脚立を一段ずつ下りた。すべての段を跨ぐことなく踏んでいった。「みんな! 自分の荷物は自分で持ってね! 忘れ物があっても取りに戻れないからね!」両手を口の周りに当てて、奥の人まで聞こえるように叫んだ。反響が収まるのを待って、今度は耳をすませる。「はいよ」「おーう」「はーい」「ういー」少しずつタイミングのずれた返事がテオに届いた。