文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

走査電子顕微鏡による小麦デンプンの糊化様態観察 -加熱方法の相違による比較検討-
町田理沙
栃木県出身 

 装潢文化財の修復に使用される小麦澱粉糊の作製法は、小麦デンプン(図1)と水を鍋に入れ棒などで攪拌し加熱する「手炊き」と呼ばれる方法と、電子レンジを使用して作製する方法が知られている。筆者はこの加熱方法による相違に興味を持ち卒業研究のテーマとした。本研究は「糊化」という現象に着目し、手炊きの糊と電子レンジ糊の糊化様態を中心として、両者の相違の有無を確認することを目的とする。
 試料は電子レンジ糊と手炊き糊の二種を、それぞれ加熱時間により60~540秒の範囲で作製した。尚、手炊き60秒加熱試料のみ液状であり、時間経過と共に液体と沈殿物に分離したため、糊化していないと判断した。また、加熱完了と判断した540秒試料の出来上がり量について、電子レンジ糊は98g、手炊き糊は27.87gと大きな差があった。得られた試料は走査電子顕微鏡を用いて観察した。得られた結果を四つの状態に分類した。①粒子、②破裂、③大きな波打ち、④細かな網目状 である。電子レンジ糊について、糊化せず残存している粒子(①)は280秒加熱段階まで見られた。また、破裂の様態は120秒から400秒加熱試料までの幅広い範囲で観察できた。大きな波打ちの様態(③)は140~540秒試料に至るまで確認できた。また、④の状態は420秒加熱試料(図2)から観察できた。手炊き糊について、①は120秒加熱試料まで観察できた。そして、同じ加熱時間の試料に②状態も確認できる。220秒加熱試料からはほとんど粒子が見られなくなり、大きな波打ちと、細かな網目状の様態(図3)の両方が確認できた。
 今回の観察の結果、電子レンジ糊と手炊き糊で共通していた点は糊化によって見られた様態である。違った点は、糊化する速度について、初速は電子レンジ糊のほうが速く、総合的に見れば手炊き糊のほうが速く進行しているという点である。また出来上がりの量は電子レンジ糊のほうが手炊き糊の約三倍の量を得ることができた。電子レンジ糊の特徴は、糊化の進行は遅いものの、出来上がりの量は大きいことだ。つまり少量で炊くことに適しており、無駄が少ないと言える。そして手炊き糊については、初速は遅れるものの、総合的に見れば糊化が速く進行するため、一度に大量に炊くことに適していると考えられる。少量の糊を必要とする場合には電子レンジ糊を、その逆の場合には手炊きを、という風に、場合によって加熱手段を変えることで無駄を省くことが叶うのではないかと推察する。

図1 未加熱の小麦デンプン(1200倍)

図2 電子レンジ540秒加熱試料(550倍)

図3 IH540秒加熱試料(550倍)