山形県鶴岡市善寳寺五百羅漢像に使用される青色色材の分析と考察
戸田晶
本学の文化財保存修復研究センターでは、2015年より山形県鶴岡市善寳寺に安置されている531体の五百羅漢像(以下、羅漢像)の修復を進めている。羅漢像には色鮮やかな彩色が施されているが、未だに全ての色材の同定には至っていない。そこで本研究では、五百羅漢像に使用されている青色彩色に着目し、XRFを使用した元素分析や、デジタルマイクロスコープを使用した剥落片の観察、有機顔料の藍が使用されている可能性を考慮したフーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)を用いた調査などを行い、使用されている青色色材を明らかにすることを目的とする。
羅漢像の色材に由来する元素を明らかにするための、非破壊分析が可能な蛍光X線分析装置を用いた。また、有機物の利用も考えられることから、フーリエ変換赤外分光光度計を用いた。
昨年調査した羅漢像20体の青色彩色箇所からFe(鉄)が検出されたもの、あるいは検出されなかったものが見られた。Feが検出された箇所に関しては使用推定色材としてFeを含有するプルシアンブルーが挙げられるが、Feが検出されなかった箇所に関してはXRFでは検出不可能な有機顔料の藍が可能性として考えられる。
羅漢像19-29(図1)と羅漢像21-29(図2)の剥落片と藍を比較したFT-IRスペクトルでは、藍と類似するスペクトルは検出されなかった。一方で、羅漢像19-29と羅漢像21-29の剥落片とプルシアンブルーを比較したFT-IRスペクトルでは、剥落片とプルシアンブルーどちらにも2090cm-1付近にピークが検出されていることがわかる(図3)。プルシアンブルー特有のCN伸縮振動に基づく赤外吸収は一般的に2090cm-1付近に見られることが知られているため、本研究で検出された同範囲のピークもプルシアンブルー特有の赤外吸収スペクトルと推定した。
今後の課題としては、本研究内で実施しきれなかった微小部の元素分析を行うこと、また、より多くのFT-IRや元素情報データの蓄積、結晶構造分析による鉱物顔料の同定が挙げられる。今後も五百羅漢像に使用される青色色材に着目し、さらに多くのデータの蓄積と文献調査を行い、同定に向けて研究を進めていくつもりである。